2016年04月12日

平成28年度 木曜やきもの講座 



ま どかぴあ生涯学習センターでは、これからやきものを始める方々への基礎講座として、この木曜やきもの講座を開講いたします。工作室には、そのための設備が すべて整っています。はじめに申し上げておきますが、ここはいわゆるカルチャーセンターではありません。みなさんはお客様ではなく、受講生、つまり生徒で す。週に一度の学校に通っているという認識でこの一年間、一緒に楽しく学んでいきましょう。


●はじめに

「陶芸」や「陶芸家」という言葉ができてから、実はまだ百年もたっていません。これらの言葉は現在では当たり前に使用されていますが、とても新しい言葉なのです。

みなさんは「陶芸」と聞いてどんなイメージを思い浮かべるでしょうか。わたしは長くこの世界にかかわっていますが、これほど定義があやふやな言葉もない気がしています。

そ れでは「陶」という文字はどうでしょうか。これは「やきもの」という意味があります。「陶工」という言葉はかなり古くからありますし、「陶器」「陶土」な どの言葉もみなさんご存知でしょう。この講座名に陶芸という文字を使用していない理由は、みなさんにイメージが人によって異なる「陶芸」ではなく、土を焼 いてものを作る、「やきもの」を意識してほしいと願っているからです。

言葉は少し厳しいですが、みなさんがなんとなく イメージしたり、テレビなどで見聞きする陶芸教室というものは、実はただの粘土細工教室に過ぎないことがほとんどです。焼成の工程にかかわれないのなら ば、粘土で形を作ることがいくら上手になっても、それはやきものを身につけたということにはならないからです。しかし残念ながら、このことに疑問を持つ生 徒や講師に出会ったことがあまりありません。

これは巷の陶芸教室だけの問題ではありません。多くの教育者、教育機関、 大学の陶芸専攻の授業でも、その生徒や受講生に、まともに焼成のことを理解させているところはほとんどありません。それどころか焼成専門の助手がいたり、 講師が窯焚きしたりして、生徒がまったく焼成にかかわれないところが多いのです。

また、学ぶ人のほとんども、目先の技 術的なこと、主に電動ロクロなどに興味を奪われて、それを追求することが陶芸の勉強であると勘違いしてしまいます。少し器用な人なら一年ほど、普通の人で も二、三年もすればある程度ロクロができるようになります。そうなると確かに面白いのです。わたしも焼成実習のまったくない訓練校で、黙々と電動ロクロの 技術を磨いていた時には、自分は今まさにやきものの勉強をしているんだ、と勘違いしながら、とても充実した日々を過ごしていました。

そ のため、多くの人が独立を意識してはじめて、一人では窯が焚けないということにく気がつきます。陶芸を勉強したはずなのに窯が焚けないという事実。それは 同時に、釉薬のことや土のこと、そして焼成を支える窯のことを理解していないということでもあるのです。つまり、前述した教育機関の多くも、残念ながら粘 土細工学校に成り下がっているということです。これははっきりいって教育者の問題です。

本来、陶芸教育は焼成を抜きにしては考えられません。「やきものを作る」ということは、粘土鉱物を高温で焼結させるという工程が絶対条件として必要です。そしてそのことを理解し、実践できなければ、どれだけロクロが上手くなろうと何の意味もありません。

わかりやすく料理にたとえるなら、キャベツの千切りだけがいくら上手になっても、それは料理が上手になったとはいいません。また本や知識の上でレシピをいく らおぼえても、料理というものの根幹を理解しているとはいえないでしょう。大切なのは下手でもいいから、温かい料理を作る努力をすることです。それができ るようになってから、必要に応じて各工程の技術を磨いていけばいいのです。

料理もそのほとんどは「加熱する」という工 程があります。それを理解する一番の近道は、実際に手を動かして、料理を作って食べてみるということです。やきものならば、作って焼いて使ってみるという ことになります。これを繰り返すことのみが、あなたの作陶レベルを引き上げてくれる唯一の方法です。

下手な作品を窯に 入れたくない、自分はまだまだ、などと思ってはいけません。確かに、はじめは失敗作をたくさん作ってしまうでしょう。しかし、それでいいのです。すべての 答えは窯で焼くことでしか得られません。自分がやっていることが正しいのか間違っているのかは、焼成を通してしかわからないのです。

た とえば、常識では間違っているというやり方をしたとしても、それがきちんと焼き上がって、その後もそれを再現できるのならば、その方法は正しいと判断して かまいません。また逆に正しいと思い込んでひたすら努力をつづけ、自分も納得できて、ようやく窯に入れてみたら、その後何度も同じ失敗をしてしまうという こともあるのです。


●世間一般に言われていることを信じない

実 は「陶芸」という言葉ができたのは、一人の陶芸家がつくりだしたからだといわれています。それまでの多くの陶工は主に分業で仕事をし、自分のかかわる仕事 についてしか熟練していませんでした。これは今でも大規模な製陶の現場ではあまり変化がありません。ピラミッド構造の分業制度なのです。

また原料などを供給する側も当然、それぞれの分野に分かれています。製土、築炉、釉薬、絵具などです。これをなるべく一人で行うように腐心したのが初期の陶 芸家です。それはこれまでの窯元というシステムが行っていた製造工程を、一人の人間が行うようになった、ということです。そうすることによって個人作家と しての価値を高めようとしました。量産ではなく、個人の作品制作にシフトしていったのです。

また、薪の窯しかなかった やきものの世界に、さまざまな燃料の窯が開発されていきます。石炭、重油、灯油、ガス、電気などです。レンガなどの耐火物の品質も飛躍的に向上し、また新 しい断熱材なども開発され、いままでになかったような技術革新がおこったのも、この百年未満のことなのです。ほかにも原料の質が向上したり、輸入原料が使 われるようになったり、新たな技法や絵具が開発されたり、ほかの産業と同じようにやきものの世界もすさまじい勢いで進化していきました。

もしかしたら、多くの人が抱く陶芸とはこういうもの、というイメージはもう時代錯誤かもしれません。もちろんそのイメージを守ろうとする個人作家や窯元も多数存在します。それはそのほうが売るためにプラスに働くと考えるからです。必要な演出という部分もあるでしょう。

しかし、やきものを学ぼうとする人がそういうイメージにとらわれることは危険です。みなさんがあるイメージをもっているということは、そうなるように働きかけ、それを支持した人々がいるからです。電動ロクロよりも、手ロクロや蹴ロクロのほうが良いものができる、大きな窯でないとだめだ、電気炉なんてつまらな い、薪の窯でなければ良いものはできない、そもそも素人にそこまで教える必要などどこにある、などと、わたしも多くの人に散々言われてきました。

一応反論しておきますと、紀元前はいざ知らず、現在作られている手ロクロも蹴ロクロも、回転する軸の部分には精度の高い工業製品のベアリングが使用されてい ます。小さな窯で油滴天目を再現した研究者も過去に存在し、窯の大小はガス窯や電気窯などではそこまで重要ではありません。そういうことを口にするのは無知をさらけ出しているようで、滑稽ですらあります。ガス窯で人間国宝になった作家も存在しますし、薪の窯といっても所詮工業製品の耐火レンガで造られてい るものがほとんどで、設計も施工も自分で行える作家は一握りしかいません。素人に教える云々の話においては前述のとおり、高い授業料をとっても教え切れていない教育機関が多いのは残念ですが、わたしにそれを言ったキャリア三十年の人もわたしが指摘するまで、窯焚きについての間違いを繰り返していました。陶芸の世界の人々の多くは過去の口伝や根拠のない漠然としたイメージで物事を断言することが案外と多いのです。

陶芸を勉 強しているというと、周囲の人はその人の知っている範囲で様々なことを言ってきます。ですがそれに影響されないようにしてください。過去のわたしもそうで したが、自分の土や窯でのみ通じる事実と、普遍的な真実、科学的な正確さを混同している人は思っている以上に多いものです。迷ったら講師であるわたしに質問し、なによりも自分が焼いたものに答えをさがすようにしてください。他人の無責任な言葉にぶれないように気を付けてください。書籍や技法書も、すべてが 正しいわけではないということを知ってください。


●量産の技術と作品作りに必要な技術

みなさんがこれまでの人生で目にしてきた、やきものの技法や窯元の仕事などは、ほとんど量産のためのものです。プロがそうしていたからといって、あなたが同じことをする必要はありません。

ロクロにたくさんの粘土をのせて人より早い回転で回しても、なにも偉くありません。よくプロが修業時代に一日千個の湯呑を挽いたなどと伝説のように語られる ことがあります。しかし見方をかえれば、それは哀しく貧しい労働の時代だったとも言えるのです。

魚河岸でアジをひたすら開きにする仕事や、工場で延々とネ ジを締めるだけの仕事がありますが、それとなにもかわりません。技術をおぼえるために反復練習が必要な時期はありますが、だからといって数やスピードを競 う必要はみなさんにはありません。はっきり言って百害あって一利なしです。是非とも考えながら丁寧な仕事をするようにしてください。

脅かすわけではありませんが、電動ロクロの実習で手首を傷めて挫折していく人は多く、わたしの同期にもいました。瀬戸の訓練校時代、二十代半ばだったわたしも、左手首にガングリオンという関節の腫瘍ができてしまい、つらい思いをしたことがあります。幸いわたしは治りましたが、ある年齢を超えてから手仕事の訓 練をすると体を傷めることはよくあることなのです。決して「無駄な」無理をしないようにしてください。


●この一年の目標

この講座で、あなたが目指すべきことは、実にシンプルです。それはロクロだけ上手くなったり、絵付けだけに特化することではありません。一人で全工程を把握し、自分のやきものを作れるようになることです。やきものの最終段階である焼成から逆算して、そこへむかって形作りや釉薬掛けなどを行えるようになることです。

やきもの作りで最初に到達すべきレベルは、通信簿のオール2というレベルです。ある教科だけ5や4をとってもほかが1では何もできないのです。

やきものを作るには様々な工程があり、それぞれにおぼえることがあります。そして時間は限られています。ですからきちんとノートをとるようにしてください。 最初の一年で一番大切な道具は、ロクロなどではなく、筆記用具とノートだと思っていただいて間違いありません。なにも頭にすべて記憶する必要はありませ ん。ノートを見ながら制作していったほうが失敗は少ないものです。

やきものは実は簡単です。そうでなければ一万年以上前から人類が作っているはずがありません。難しくしているのはあなた自身に植え付けられたイメージのせいであり、量産の職人を訓練するような間違ったこれまでの陶芸教育のせいなのです。みなさんは、これから一年をかけてその呪縛を解きつつ、楽しいやきものづくりに目覚めてください。それを支えるために講師と仲間がそばにいます。たくさんの質問を周囲に投げかけてください。こころよく答えてくれる方ばかりです。わたしもみなさんのために全力で質問に答えてい きたいと思います。

これから一年間、よろしくお願いします。




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本年度の最初の講座で配ったプリントです。
posted by inoueseiji at 19:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | イノウエセイジの頭の中
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