良い教師とは常に
自分も誰かの生徒でなければならない
という言葉があります。
それを信じて、これまで些細なことばかりですが初めての世界に挑戦するように心がけてきました(挫折したけどジャグリングとか)。自分の受講生の気持ちを知るため、忘れないためです。
貧乏ですから独学が多かったですが、色々とチャレンジして得たものは大きいと言えます。技術と知識の身に付け方や伝え方について、深く深く考察するようになりました。
今年の1月からは子供がお世話になっている先生のところでピアノを正式に習っています。
月に1,2回程度ですが、生徒としての心構えをシッカリと持って臨んでいます。一例をあげれば猛暑だからといって短パンTシャツでレッスンに伺ったことはありません。先生に習うんですから。
何しろマンツーマン指導です。
大人ですから、それなりの受講料を払います。
楽しいですが真剣です。
いま現在わたしは
「ピアノ > 陶芸」
という状態です(笑)。
さて、陶芸教育の話に戻りましょう。
学校や教室の在り方や運営理念は様々でしょうし、受講する方々の動機も様々でしょう。
先日も記事にしましたが、陶芸を習う教室という認識の人と、機材と作業場のレンタルスペース程度に思っている人との上達度合いの差は、まさに月とスッポン、景徳鎮とダ〇ソー、でございます、ええ。
もちろん「先生」のレベルもさまざまでしょうが、教室の在り方としては後者のような「場所と機材の提供+プチアドバイス付き」の方が楽チンです。
ガッツリは教えていないけれど、それで回っていくのがビジネス的には正解だからです。ビジネスの目的は利益の追求であって生徒の成長ではありません。ましてや関わるスタッフの成長では絶対にありません。英会話教室から同時通訳者が生まれないのと同じ理屈ですね。
P・スウェイジ・イノウエ先生はこっちです。
(ハ〜イ、ちょっと芯がブレてますね〜)
しかし、学校や専門校、学習センターでは明確に相手の知識と技術のレベルを上げるための授業や実習を行う必要があります。民間よりも安いかもしれませんがお金取ってますからね。
井上セイジしぇんしぇーはコチラで戦っております。
そこにレンタルスペース感覚で来られると、先生も生徒も何のレベルアップも望めないことになってしまいます。
(おかげで還元焼成できました!)
動画観てれば何か出来るとか、理解した、なんて思うのは非常に危険です。
窯焚きも釉調合も自分でやってみるしかないんです。さらに申し上げれば、何のも実践せずに質問だけするのも無意味です。これについては動画を参照のこと。
ピアノも陶芸も同じだと首肯するばかりでした。
(きっとこの方もYouTuberにならざるを得ないやんごとなき事情がおありなんでしょうなぁ)
こんな言葉もあります。
失敗を恐れて
挑戦しない人生こそ失敗